あなたの人生の物語

 

ッド・チャンの作品に「あなたの人生の物語」という小篇があります。「メッセージ」というタイトルで映画になったのでご覧になった方も多かろうと思います。異星人とのコンタクトを通じて、ルイーズという女性言語学者が、過去を語る一般話法だけでなく、未来を語る未来話法を習得していくにつれて、語り始める前から未来を知ることができるようになって、妊娠する前から、若くして亡くなる娘の人生の全てを知り、それでも妊娠する、というお話ですが、言語や語りの変容が、時間の認識や現実の理解を変えていく、という点でユニークな話だと思います。言葉や語りの話なので、映画もいいですが、是非、本の方をおすすめしたい小篇です。

人は語りに縛られる

 カウンセリングにおいて、人生についての語り(ライフストーリー)というのは非常に大きなテーマです。自分がどこから来て、どこへ行くのか。そしてどこにいるのか、ということは誰しも愁眉の問題であろうと思うのです。来し方を振り返り、どこへゆくのかわからないと不安になる。あるいは、今自分がどこにいるのか見失ってしまう。そこで、悲観的な物語を作り、その曖昧さを補完しようとすることがあります。どうせ自分はだめだ、もう何にもなれない、嫌われている、誰にも好かれない。そうした物語は、認知の歪みを伴って、知覚できるすべての情報の色合いを決定づけていきます。さまざまな出来事を並べて、物語の色合いに沿ったイメージを作り出してしまい、ほら、思ったとおりだ、それみたことか、と物語に沿った出来事を取捨選択し、筋書きに沿った物語を語り、紡ぎ出す。そうして物語は再生産され、自分を物語の枠組みの中に閉じ込めようとしてしまうことになります。物語に支配されるので、これを支配的な物語(ドミナントストーリー)といいます。

物語の構造

 そもそも物語というのは、いくつかの出来事と、それをつなぎ合わせる筋書きでできています。そうすることで人間は目の前の事実を認識できる。つまり、人は物語の形式で物事を認識しているとも言えます。このとき、人は明示的/暗示的に語ることによって、出来事の認識を完遂します。

「話者は、その言葉を発することによってのみその行動を遂行することができる。この種の行動に関しては、なにが言われるかを知っていることはなにも変えはしない。結婚式の参加者はみな、〝わたしは、おふたりの結婚が成立したことをここに宣言いたします〟という言葉を知っているが、実際に聖職者がそれを言わないかぎり婚儀は成立しない。遂行文においては、言うことはすることに等しい。」

同じ出来事に対して別のことが宣言されたらどうなるでしょうか。絵画を使ってやり取りをしていますと、例えば、膝を抱えた女の子の絵について「一人ぼっちの女の子が、膝を抱えている」としか語られなかったものが、色々なイメージを出し合う中で、「でも、その子のもとにお母さんが迎えに来てくれて、その子は歩き出す」というように語りなおされる、というようなことはしばしば出くわします。

ここでは、語り方が大きく変化をすることで、筋書きが大きく変わっています。この場合の女の子像は、自分の寂しさの投影だと思われますが、語り方が変わることで、未来に向けた可能性が語られるようになります。語りが変わることで、現実は変わりうることがよく分かると思います。

語りなおすこと

筋書きに沿わない出来事に出くわしたとき、物語を大きく変えることの大変さから、出来事は無視されることもあるでしょう。でもそれが小さな改変で済むのだとしたら、筋書きにちょっと手を入れることはあるのではないでしょうか。たとえば、「それは特別な事が起こったから」なのだ、というように。でも特別なことが続けば、話は変えざるを得なくなります。例外を積み重ねていくと、物語はいつしか別の物語に変わっていきます。この別な物語のことをオルタナティブな物語といい、例外を踏まえて、支配的な物語を読み替えていくことを、「リ・ストーリング」といいます。

オルタナティブな物語へ

ドミナントな物語から、新しいオルタナティブな物語に変わるプロセスは、対話を重ねることにあるといえるでしょう。その例外をたくさん探していきましょう、というのがカウンセリングにおける対話、ということになるのではないかと思っています。

ルイーズは未来話法を通じて未来を語る中で、

「ほんとうに、わたしがそんなセリフを吐くことになるのかしら?」

と言います。私達はどこに行くかわかっているけど、語ることで、どこにたどり着くのか知ることになるようです。

参考図書

テッド・チャン『あなたの人生の物語』

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2018年06月28日